後半
あの後、俺たちは戦闘が起きない区域までやって来ていた。
野営の準備を手分けして行う間にセシルの怪我の手当を行ってしまおうと考えていたのだが、問題はどうやって2人きりになるか…
兎に角セシルがてきぱきと率先して動いてしまう為なかなか声が掛けられないでいた。
ずっと見ているが自分でケアルを掛けた様子も無く相当無理をしているはずなのに、まったくそれを感じさせないのは何故なんだ。
挙句、食料調達に自分も行くと言い出したのでそれは阻止した。
セシルと俺が調理を担当するからティーダとクラウドで材料を探してきて欲しいという事にして。
2人を見送って見えなくなった所でセシルの方を振り向いた。
『さあ、セシル。傷口を見せるんだ』
流石に俺が止めた意図は分かっているようだ。
逃げる事は無く俺の方を向き直ったが他人事の様な表情を浮かべている。
『ホント、キミは心配性だね』
『俺じゃなくてもあれは流石に心配する!』
『大した事ないんだけどなぁ…』
『本当に大した事ないなら見せるんだ。それで判断する』
『……』
暫くお互いの目を見て向かい合っていたのだが、先に目をそらしたのはセシルの方だった。
『……引くつもりなさそうだね』
『当たり前だ』
『う~ん』
『困った顔しても駄目だ』
『自分で手当するから……それでも駄目?』
『駄目だ。なぁ、何でそこまで嫌がるんだ?』
『それは……』
渋ってたがやや間を置いて話し出した。
『身体中に傷と痣が多くて人に見られたくないんだ……見ても気持ちのいいもでもないし』
『そんな事か』
『そんなって』
『自慢じゃないが俺も身体中結構傷多いんだぞ?』
ほら、と言って腕を見せる。
今は鎧等の装備は全部外して服だけの状態だから二の腕の辺りの傷も見える。
背中とかもっと酷いんだぞ?と言ってみせるがセシルの表情は変わらない。
『……わかったよ。でも、後悔しないでね?』
鎧を外しインナーを脱いで上半身を露にした状態のセシルの身体を見て絶句してしまった。
セシルが素肌を見せるのを嫌がる理由はよくわかった。
だが、俺が絶句したのは怪我の具合の方だ。
『ね?』
『……セシル。これの何処をどう見たら大した事ないって言えるんだ!!』
『ッ……』
俺の余りの剣幕に吃驚したのかびくっと身体を震わせる。
セシルの大丈夫はあてにしてはいけないと心の底から思った瞬間だった。
今まで鎧で押さえられてていたから出血はそこまで酷くはなかったみたいだが、傷口は完全に開いており出血がかなり酷い。
骨が見えていないのが幸いだが、実際に骨が無事かどうかは見ただけではわからない。
さて、どうしたものか。
『ケアルは掛けられるか?』
流石にこの傷は完全には塞げなさそうだが止血位は出来るはずだと思ったのだが… 瞳を伏せながらこう口を開いた。
『それが……MP殆ど残ってないんだ』
『……』
これだけの怪我を負っていながら仲間の回復を優先してMP切らしただと?
呆れた。いや、頭痛がしてきたけど兎に角止血しないとだ。
---
『はぁ』
何とか止血し包帯を巻いて取り敢えず処置は完了した。
無理をしなければ出血が酷くなる事もないだろう。
『ありがとう』
そう言って微笑む。
『セシル……頼むから余り無茶しないでくれ』
『無茶……なのかなぁ?』
首を傾げるセシルになんて声をかけたら良いのかが判らなくなってきた。
もしかしてセシルって痛覚に対する感覚が鈍いのか?
『フリオニールが言いたい事はわかるよ。仲間が傷つくの見てるのは辛いよね』
『解ってるなら何故!』
『解ってるから、だよ。だから傷ついて欲しくないんだ』
『だからって自分が傷ついていいわけがないだろう!?』
『まぁ、それはそうなんだけど、受け慣れてるから他の人よりは被害は少なく出来るよ?』
慣れてるだと!?
前に元の世界で軍を率いていたとは聞いたけど隊長がそれで良いのか?
『まだ、俺たちじゃ頼りないかもしれないけど、もう少し頼って欲しいって思ってるんだ』
『ううん、そんな事ない。十分頼りにしてる。寧ろ僕の方が皆の足を引っ張ってるんじゃないかって不安なんだ。だから少しでも皆を守れればって……』
『そう思うなら無茶な事はやめてくれ。それ以外でセシルが足引っ張ってるなんて誰も思ってないからさ』
そこまで言っても結局セシルが無茶するのは変わらなかったというのはまた別の話なんだが。
条件反射的に身体が動いてしまうようで、それを直すというのは流石に骨が折れそうだ…
暫くしてから材料を抱えたティーダとクラウドが戻って来た。
取り合えず、腕によりをかけて旨いもの作らないとな!
---
テントの外で人が動く気配がした事により目が覚めた。
朝日が昇り始めた所か……こんな早朝に何だろうか?
隣でティーダが気持ち良さそうに寝ているので起こさないようにそっとテントを抜け出してみる。
テントの外の空気は少し湿気を含んでひんやりとしていて、近くの木々を見てみると葉に朝露が見える。
川のせせらぎに混ざり微かに剣を振るう音が聞こえたのでそちらへ足を運んでみると、川辺で1人剣を構えているセシルの姿があった。
こんな早朝に1人で訓練か?
昨日の怪我を気にしているのか、動き自体はとてもゆっくりとしていて様子を見ているといった感じだが、筋は通っていて凄く綺麗だ。
――やっぱり動きそのものが違うよな……
何が違うんだろうなと考えていたから気がつかなかった。
『フリオニール?』
『うわっ!?』
いきなりセシルの顔が目の前にあって吃驚して尻餅をついてしまった。
『こんな所で何してるの?』
『あ、いや……、テントの外で人の気配がしたから何かなと思って……』
『ああ、ごめん。起こしちゃったのか。でも、それならこんな所で見てないで声掛けてくれれば良いのに』
そう言って手を貸してくれたので握り返して立ち上がる。
『なんでまたこんな早朝に?』
『昔からの習慣で大体この時間に目が覚めちゃうんだ。だからちょっと訓練をね』
『という事は、毎日やってるのか?』
『うん、大体毎日かな』
――やっぱりそういう所からして違うのか。
『凄いな』
そんな事ないよと少し恥ずかしそうに微笑む。
セシルって謙遜するタイプなんだよな。
『怪我の具合はどうだ?』
『もう大丈夫。起きて直ぐにケアルラかけておいたから殆ど塞がってる』
『そうか』
これはいいチャンスだと思った。
もっと強くなって、セシルに掛かってる負担を少しでも減らせればセシルの怪我の頻度を減らせるんじゃないかと考えての結論だった。
『その……もし、迷惑じゃなかったら……早朝訓練、俺も一緒に良いか?』
『え?』
俺の申し出に吃驚したらしく俺の顔を目を丸くして見返してきた。
『ああ、その迷惑だったら構わないから』
『ううん。そんな事ない。1人でやるよりも2人でやった方が身が入るから……ただ、ほら、朝早いから、無理しないでね?』
『あー、うん、まずはこの時間に起きる事に慣れる事から……だな』
『ふふ、そうみたいだね』
『けど、頑張るから、その、宜しく』
『こちらこそ』
それ以来ほぼ毎日欠かさない様に続けているセシルと2人きりでの早朝訓練は日々のささやかな楽しみだった。
---
あれから付近を探索して夕方近くなってから俺たちは秩序の聖域へと戻ってきたのだが、他のメンバーは近辺には見当たらない。まだ戻っていないのだろうか。
『珍しく誰もいないッスね』
『みたいだな』
此処は秩序の神の加護が強くゆっくりと身を休める事が出来る唯一の場所である為、いつもここに集まって休息を取ったり情報を交換したりしている。
加護のおかげか、治癒効果も高まり普通より怪我が早く治るのも嬉しい所だ。
セシルの怪我が少しでも早く治ってくれますように。
『あー、久しぶりにゆっくり出来そうッスね』
ティーダがその場にごろんと大の字になって寝転がる。
『そうだな、連戦続きでそこまでゆっくり休めなかったからな』
ほら、テントの用意するぞとティーダを起こす。
『僕たちも用意しちゃおうか』
『そうだな』
テントの用意を終え、手分けして夕食の準備を始める。
ナイフで皮をむいていたセシルが手を滑らせたのか指を切ってしまったようだ。
『っつ……』
小さく声を上げたセシルへと早足で近づくと手を掴み血が滲む指を迷わずに口へ含む。
『ふ、フリオニール…?』
驚いているセシルに構わず舌で傷口をなぞり血を吸い出す。少し苦い鉄の味が口中に広がる。
そこまで深く切ったわけではなかったようで直ぐに血は止まった。
『止まったみたいだな。傷口をきちんと水で洗い流しておいた方がいい』
『……あ、ありがとう、フリオニール』
少し赤い顔でふわっと微笑み返された瞬間のセシルの顔を見たら目が離せなくなってしまった。
『!!』
『あれ、おーい、のばらー?』
おそらく、ティーダが俺の目の前で手のひらをひらひらと左右に振っているに違いない……
何とかそれだけは認識できたが、それ以上の事は考えたり出来そうも無かった。
『……ブレイブブレイク…してるっぽいッス』
確かに、今のセシルの笑顔はフリオニールじゃなくてもドキッとするッスよね…と口にしてニヤニヤ笑うティーダとは対照的で、セシルは1人状況がわかっていないらしく、大丈夫?どうしたの??とおろおろしている様だった。
---
あの時以来セシルの顔をまともに見れないで居た。
特に笑った所が……いや、笑って欲しいとは思っているのだが……
『フリオニール?どうかしたの……顔赤いよ?』
『あ、い、いや、なんでもない。大丈夫だから……』
本当は余り大丈夫ではないのだが、セシルに言えるわけがない。
ああ、本当にどうしてしまったんだ!!
『……本当に?。調子悪かったら直ぐに言ってね』
『……ああ』
顔を見られたくないので顔を押さえたまま俯いているのだが、セシルの心配気な視線が感じられ落ち着かない。
気を利かせてくれたのかセシルがそっとその場から離れて行った後姿を見送りながら気を使わせてすまないと思いつつも、ほっとしていた。
赤く火照った顔はなかなか元に戻りそうにもなかった。
---
『クラウド……今、良いか?』
『ああ。どうした?』
『その……相談したい事があって……』
悩んでいても仕方ないので相談してみようという事でクラウドの元を訪れていた。
ティーダに相談すると何か大事にされそうだったし。年上のクラウドの方がこういう事は相談しやすいかなと思ったのだが……
『……その。一目惚れって、あると思うか?』
正直言ってこんな事相談するのも恥かしいのだが。
『何だ。セシルの事か』
『なっ?!』
反射的に何でわかったんだ?!という顔でクラウドの顔を見てしまい、直ぐしまったと顔を背けた。
自分でばらしてどうする!!いや、その前になんでセシルにだってわかったんだ?!
『落ち着け。あれだけあからさまな反応をされれば誰だって気が付く』
『ま、まさかセシルも…』
『いや、それは大丈夫だと思う。セシルは以外とそういう事に関しては鈍い所があるから』
それは喜んで良いのか悪いのか微妙な所だったが、取り合えず一安心した。
『それで。一体俺に何を相談したいんだ?』
『それが……』
俺が1番悩んでいるのは同性相手に恋愛感情って成立するのかって事だった。
セシルの事を守ってやりたい、これ以上傷ついて欲しくないと思う。
時々見せるあの儚げな表情を見るとこの腕で抱きしめて安心するまで傍にいてやりたいって思うんだ。 やっぱりこの感情って……
『まぁ、反応からしても惚れてるのは間違いないと思うが』
『やはり……そうなのか……』
自分の事なのに何か他人事の様な感覚があって言われても実感が沸かないと言うか。
『ただ……セシルは心の中に相当複雑なものを抱えていると思う。それを受け止めてやれる覚悟が無いなら不用意に踏み込むような事はしないでおいた方が身の為だとは思う』
『え?』
この時はクラウドがセシルに対して何を見ていたのかは俺にはわからなかったのだが……
『2人ともな~に深刻な表情してるッスか?』
一気に場の雰囲気を変える様な明るい声が飛び込んできた。
『さっきまでセシルの事話してたんじゃなかったッスか?』
『聞いてたのか?!』
『ん~ん。フリオニールが百面相してたから何となくそうかなと思っただけだけど、本当に当たるとは思ってなかったッス』
1人でなんか納得したような表情でうなずいていたのだが、次に出てきた言葉は予想だにしてなかった。
『で、フリオニールはいつになったらセシルに告白するッスか?』
『へっ!?』
自分でも間抜けな声を出したと思った。
ちょっと待て、何処からそんな話になった?!というか、セシルにこ、こ、こ、こ……告白だぁ?!
顔がかぁっと赤くなっていくのが自分でも判る。
『うわ、判りやす過ぎ……』
俺は真っ赤になった顔を押さえつつ、いきなりこんな事言われても迷惑だろうしと口篭った。
『んー、俺はセシルもちょっとは脈ありだとは思うッスけどねぇ』
『え?』
『ただ、セシルって他人の事には凄く敏感ッスけど、自分に向けられる気持ちに対してはハッキリ言って鈍いッスからフリオニールからびしっと気持ち伝えないとわかってもらえないッスよ?』
それに、セシルを狙っているのはフリオだけじゃないかもしれないし?と俺の正面にずいっと迫りながらそんな事を言ってきた。
『ね、狙ってるとかそんな……』
ああ、そろそろ俺自身がオーバーヒートしそうだ……
やっぱり、俺はセシルの事……好きなのか。
『俺もクラウドも応援も協力もするッスから男らしい所見せるッスよ!』
『あ、ああ……』
ただ、余りぐずぐずしてると俺が貰っちゃうッスよ?とさらっと言われたのにはかなり焦ったが。
ちょっと待て、応援するって言ったのはティーダだろ?!
『ティーダ。頼むから余り話をややこしくするのは止めてくれないか?』
半分位は冗談ッスけどねと笑うティーダを見てクラウドが眉間に皺を寄せていた。
『とーにーかーく、フリオはバビュっとセシルに告白するッス!わかったッスね?』
後から、俺たちは戦場に身を置いているのも同然な状況なんだから、いつどんな状況になるかわからない……その点は俺よりフリオニールの方が良くわかってると思ってたッスけどと付け足したティーダの表情はとても真剣なもので……
俺の事本気で考えてくれてるのが伝わってきた。ありがとう、ティーダ。
---
『奥手にも程があると思ってたッスけど』
『セシルも恋愛ごとに関しては不得手っぽいが……俺はあの2人は上手く行くんじゃないかと思ってる』
『俺も、上手く行くと思ってるッス。いや、上手く行ってくれないと何のために大人しく身を引いたかわからなくなっちゃうし?相手がフリオニールじゃなかったらきっと、俺、引かなかったと思うッスよ…』
そう言って笑うティーダの頭をぽんぽんとクラウドが優しく撫でる。
『ティーダの分もセシルを幸せにする様に、俺たちはフリオニールを応援してやろう』
『そうッスね。もし、セシルを泣かせるような事したらバビュっと駆けつけて1発殴ってやるッス』
『その時は俺もこの剣で1発殴るとするか』
『い、いや、流石にそれはやめておいた方が良いと思うッス』
愛用のバスターソードに手を掛けたクラウドの目がマジだったのは見なかった事にしておこうとさり気なく視線は逸らしておいたティーダだった。
漸く終わりました。最後まで悩ませてくれたのはフリオをどうやってブレイクさせるか、でした。
セシルさん兎に角出血沙汰が多いので貧血で倒れないかが1番心配なのですが、綺麗な顔立ちしてる人が血を流してるところが萌える人なのでついうっかり…←
流血苦手な方がいたらごめんなさい。
次回からフリセシ本編開始です。何とか此処までたどり着けてホッと一安心。
あまり綺麗な話ではないですが(兎に角セシルが病んでるので)設定を時間かけて細かく練りこんでるので完結させられるように頑張ります!