『今日1日セシル借りるな』

朝食を食べながら近くに座っているティーダとクラウドに一応断りを入れておく。
おれとセシルは周りから公認の仲だけど、相変わらず基本行動のパーティーは別々のままだ。
バランスの問題や慣れもあるから抜けるのはそう簡単にいかないが、時々であればセシルを借りたりおれが行ったりしている。やっぱり少しでも多くの時間を一緒に過ごしたいからな。

『ちょっと、何勝手に決めてるの!?』

そんなの聞いてないとセシルが抗議してくる。

『言ってないし。今決めたから』

涼しい顔でさらっと言ってやる。
本当に今決めたからな。

『うわ、強引ッスね…』

『まずはセシルが納得してからじゃないと貸せないな』

本人の意見を第1に尊重する。と食後のコーヒーを一口飲むクラウド。
セシルの正面に座るフリオニールもうんうんと頷いている。

『わかったよ』

席を立ちセシルの所へ行き一言二言そっと耳打ちすると表情が一瞬にして変わったのがわかる。

『……良いよな?』

後ろから両手で肩を掴み囁く。

『……まったく。わかったよ、今日だけだからね?』

額に手をあて、はぁと深々とため息を1つつく。

『素直で宜しい。セシルの同意取れたから良いよな?』

ティーダやクラウドの方を向きながら一気に状況をひっくり返せた事に対して思わず笑みがこぼれる。

『なんか納得いかないッスけど……セシルがそう言うなら仕方ないッスね』

『セシルに変な事でもしてみろ。タダじゃおかないからな?』

セシルの事となるとやっぱり目の色が変わるんだよな、フリオニールは。
きっと諦めてはいないんだろうな。

『セシルの保護者様方は怖いねぇ』

肩を竦めながらそれだけ愛されてるって証拠だけど。とつぶやき席へと戻っていくと隣に座っているジタンに声をかけた。

『ま、そんなわけだから今日はセシルと2人きりで過ごさせてくれな?』

『良いけどさ。マジで変な事すんじゃねーぞ?』

『おれってそんなに信用ない?』

フリオニール、クラウド、スコール、ジタン、ティーダの声が『ない!』と綺麗にハモった。

『ひでぇ……』

おれ泣いちゃうからと泣き真似をするが誰も相手にしてくれなかったのは言うまでもなく。

『本当に気をつけてな?』

『うん、ありがとう。何かあったら言うから』

フリオニールがセシルの前に置いてある空のグラスを指して要るか?と聞くと頷き返してきたので、氷で冷やしてあるミルクが入ったピッチャーから注いでグラスを渡す。

『ありがとう』

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朝食の後片付けを済ませてセシルが部屋に戻って来た所を見計らい部屋に押しかける。

『まったく、いつから気がついてたんだい?』

『配膳手伝ってた時に。手触れただろ?その時だよ』

ああ、あの時。まさか見抜かれるとは思ってなかったなぁと言いながら羽織ってた白いカーディガンを椅子の背もたれに引っ掛けると大人しくベッドへと潜り込む。
朝食の支度をしている時何気なく触れた手がいつもより熱かったから多分体調が悪いのを隠しているんだと思い、朝食の時の一件はその事を指摘したんだ。大人しく認めたから間違ってはいなかったようだ。
セシルが隠したがっている以上周りに不審に思われない様に1日借りるという事にしておいた。
流石に限度を超えてたら隠そうとはしないけどな。

『おれがあそこで止めなかったら、今日1日ティーダたちと探索でもしてくるつもりだったんだろ?』

『多分ね』

『どうして熱があるって素直におれに言わなかった?そんなにお仕置きされたい?』

『この位ならまだ動けるから。大事にされたくないだけだよ』

セシルの額に手を当てると、手冷たくて気持ち良い…と瞳を閉じる。
あの、セシルさん?かなり熱いんですけど?
普段から体温低めだからこれだけ熱いとかなり辛いはずなのに、平然としてるし。

『いつも言おうと思ってたんだけどさ。もう少し位自分を大切にしてくれないか?特に目の前であっさりと自己犠牲にする所とか見てるの気が気じゃないんだ』

『これでも気をつけてる方だと思うけど……』

『根本的な所から叩き直さないと無理か?』

『やってみる?』

『……何か、おれが根負けする結果が見えるんだが』

『じゃあ諦めて?』

くすくすと笑い返される。
まったく、心配だから言ってるのに。

『氷とタオル取ってくるから大人しく寝てるんだぞ?』

『うん』

小さく頷いたのを確認してからそっと部屋を後にする。

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セシルは人の事となると進んで世話焼くくせに、自分の怪我や体調不良に関しては迷惑掛けたくないと言って何が何でも隠し通そうとするんだよな。
常日頃から些細な変化を見落とさないように気をつけてはいるんだが、なかなかボロを出さないから結構見落としている事がありそうだ。
今日も朝食の準備中におれがセシルの手に触れなければきっと誰も気がつかないままだったに違いない。
あれだけ熱が出ているのに顔色の変化が殆ど見られないのも問題なんだが……

桶に氷と水を入れタオルと水差しとグラスを持ってセシルの部屋へと戻る。
誰ともすれ違わなかったのは幸いというか。

前髪を払い氷水で濡らしたタオルを額に乗せる。

『何か、急に身体がだるく感じるようになったよ』

動いていれば気にならないけど、やっぱり大人しくしてると他に考える事がなくて意識しちゃうんだよねと長い睫毛に縁取られた瞳を閉じる。

『それは良い事だ。そのまま今日1日大人しく寝ていなさい』

頬にそっとキスをする。
セシルの風邪が早く治りますように。そう願いを込めて。

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いつの間にか眠っていたらしく、目を覚ますとバッツの姿はなかった。
その代わりにか顔の直ぐ近くにウサギのぬいぐるみが置いてあった。
このウサギのぬいぐるみは僕が小さい頃から大切にしているもので寝る時はいつも一緒だった。
いい歳した成人男性が…って思われても仕方ないけど、どうしてもこれだけは手放せないんだ。
普段はベッド脇のチェストの中にしまってあって寝る時だけ出すようにしてるのに、バッツは何でこのぬいぐるみの事を知ってるのだろうか。

ガチャっと部屋のドアの開く音がした。
体勢は変えずに顔を上げるとバッツの姿が見えた。

『お。起きてたか』

『うん。今、目が覚めた所』

『なら丁度良かった。昼食用にリゾット煮込んでるから起こそうと思って来たんだ』

『あ……そうだ、今日僕たち以外に誰か残ってるの?』

『昼過ぎまではいたけど、全員夕方まで帰ってくるなって追い出しといた』

誰か残ってるとセシルが気にするだろうと思ったからなと笑う。

『それより、皆を出かけさせた口実の方が気になるんだけど……』

変な事言ってないよね?と訊ねると、ナイショと意味ありげな笑みを返された。
ちょっと嫌な予感がするんだけど……変な誤解を生んでない事を願うよ。

『さて、そろそろ良いかな。持ってくるから病人はこのまま大人しくしてるように!』

起きて普通に食べれるからと言おうとしたのにバッツの姿はもうそこにはなかった。
まったく、本当に風の様な人だよ。
急に現れたかと思うと直ぐにいなくなるんだから。

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バッツが作ってくれたのは、彩りも鮮やかなビタミン豊富な野菜と淡白な白身魚とチーズが入ったミルクリゾットだった。
とてもやわらかく煮込まれていて食べやすい。
少し量は多めだったけど、美味しくて綺麗に完食してしまった。

『ご馳走様でした。本当に美味しかったよ』

『どういたしまして。どうせなら食べさせてやりたかったんだけどな』

『もぅ。まだ諦めてなかったの?』

バッツがどうしても食べさせてやるって引かなかったんだよね。
そこまで重病人扱いしないで欲しいよ。実際大した事ないんだから。

『こういう時位大人しく言う事聞いても良いと思うんだけど。つまらん意地張ると治るものも治らなくなるからな?』

『はいはい。自力で食べるのが辛い時にお願いするよ』

薬(…きっと例のショップで売られているものだろう)を水で流し込む。
はっきり言って凄い苦い。ルーネスやジタンが前に風邪引いて寝込んだ時この薬を飲むの嫌がってた気持ちはわからなくはないかな。

『片付けてくるからちゃんと寝てるんだぞ?』

『本当にそればかりだね。ずっと大人しくしてるでしょ?』

『動けなくなる位重症にならないと大人しくしてないイメージあるんでね』

『そんなに信用無い?』

『ないね』

普段から体調不良や怪我を隠し通そうとするから全然無い!そう言い残して食べ終えた食器を持って部屋を出て行く。
バッツが出て行った後の部屋は急に広く感じる。
熱を出すとやっぱり心細くなるな。 ぬいぐるみを手に取りぎゅっと抱きしめた。

うとうととまどろみ掛けた時、いつの間にか戻ってきていたバッツが額に触れてきた。
そして冷たいタオルをのせて来る。

『ねぇ。どうしてこの子の事知ってたの?』

毛布の間から顔を覗かせるように抱いてたウサギのぬいぐるみを少し出す。

『ああ、それは夜這いした時にだな……』

『……』

思わず睨んでしまった。

『いや、夜這いは冗談だけど。いつだったか、日中も枕元に置きっぱなしになってた時があったから普段はチェストにでも入れてるのかなと思って』

――しまい忘れてた事あったんだ……気をつけてたのに。

『この歳になってまでぬいぐるみと一緒に寝てるだなんておかしいでしょ?』

『そんな事無いよ。それに、ウサギって所がセシルらしいし』

『そう?』

『1人で眠るのって、寂しいよな……』

『……そうだね』

『本当に早く治してくれよ?一緒に寝たいから』

そう言って僕に覆い被さる様にして顔を覗き込んでくる。

『キミは本当に寂しがりやなんだから』

『それに、お仕置きしないとだし』

『……』

えっと……目が笑って無いんだけど。これは間違いなく本気だよね……
そんな風に思ってたらバッツの顔が近づいて来る。
そのまま深く長い口付けを交わす。

『その、おれを見る潤んだ熱っぽい瞳はどっちの熱の所為?』

『んっ……もぅ。うつるよ?』

『うつして良いよ。うつして早く楽になるか……それか、激しめの"運動"でもして汗沢山かいてみる?』

『あのねぇ……』

何処まで本気で何処までが冗談なのかが判別付かないんだよね。
後が辛いからそれは遠慮しておくよと言って毛布を引っ張り肩まで掛け直す。

『そっか、それは残念だ』

それじゃあ、治ってからのお楽しみにしておこうか。そんな声が聞こえてきた。

自分が風邪引いて熱出すと病気ネタが書きたくなるのでセシルに犠牲になってもらいました(良い迷惑)
バッツもセシルも問題児なので周りから部分的に信用されていない部分があります。
後、やっと出せたセシルのウサギのぬいぐるみ!DS版FF4の攻略本に載ってるあの子です。今でも大切にしてると良い。

バッツが風邪引いた版も実はこっそり考えてたりします。
真っ先に言われたのは『バッツでも風邪引くの?』でした(笑)