それは吸血鬼=恐ろしいのイメージが覆った瞬間だった。
吸血鬼に此れ程迄に心を奪われる日が来るなんて思いもしなかったし、何より吸血鬼がこんなにも美しい存在だったとは思っていなかった。

唇の端に着いていた血を舌で舐めると一呼吸置いてから痛くなかったかと俺に訊ねてきた。
そう、たった今迄、俺はこの目の前に立つ美しい吸血鬼に自身の血を提供していたのだ。

『全然』

そう言って笑顔を返すとほっとした表情で俺の手首の血が未だ滲む箇所に舌を押し当てる様に舐めると、其処には吸血鬼が噛んだ跡など初めから無かったかの様に何も残っていなかった。

『ごちそうさまでした』

そう言いながら掴んでいた俺の手を離すと驚いたでしょ?と訊ねてきた。

『まぁ、流石に…』

セシルは、俺と同じ学校に通う友人なんだ。
歳は違うけど、入退院を繰り返してたりで休学してたらしく、同じ学年で同じクラスなんだ。
しかも、住んでる場所も階は違うけど同じマンションだっりと物凄い偶然が重なったかのような巡り合わせというか。
その事を知った時正直運命を感じたさ。

肌は白いを通り越してちょっと血色悪そうな感じがして、いつか倒れるんじゃないかと心配してるうちに仲良くなったんだが、今日本当に倒れてしまい介抱してたら、秘密を打ち明けてくれたのだ。
倒れた原因は余り血が好きじゃないらしく殆ど摂取していなかったかららしい…
吸血鬼でも血が苦手なのはいるみたいだ。
そういうわけで、月に1回何が何でも俺の血を飲ませる事にした。

『でも、満月の夜だけは、ダメだからね?』

この時はその言葉の意味する事をまだ知らなかった。

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あれから約1ヶ月、今日は三日月がとても綺麗な夜だ。
部屋の明かりは部屋の主がこの方が落ち着くからと一切つけず、窓から差し込む月明かりだけで過ごしているのだが、こうやって過ごすのも悪くないな。思っていたより明るいし。
それに、セシルの肌は月明かりに照らされている部分とそうでない部分のコントラストが特に綺麗だと思う。

『……』

また倒れるぞ?って言ってもセシルはどうしても血を摂取する事を躊躇う。

『そんなに、イヤか?』

『ん……』

長い睫毛に縁取られた瞳を伏せがちに視線を泳がせる。

『なぁ、俺に対して申し訳ないだとか思ってないよな?』

『……』

動きが完全に止まった。
やっぱりな。
気にするなと何度も言ってるのに。

『俺は辛そうなセシルを見る方が辛いんだ。それでもどうしてもイヤだって言うなら俺の指切ってセシルの口の中に無理矢理押し込んででも飲ませるからな?』

『……もう……わかったよ。キミが言うと本気でやりかねないし』

観念しましたと言う表情で俺の肩に手をかけ、首筋にゆっくりと牙を突き立ててきた。
牙が皮膚に食い込んでいるはずなのに痛くないんだ。
それより熱を伴った不思議な快感で頭が痺れていく様な気がする。
前に腕から吸われた時はそんな風には感じなかったのに……
コクッっと喉を鳴らす音も心地よく感じる。

『……っは……』

首筋から口を離した際に聞こえたのは安堵感を含む熱を帯びた吐息。

『ごめん、少しのつもりだったのに、止められなくて……』

申し訳なさそうに俺の首筋に舌で触れてくる。
きっと牙で開けた跡を塞いでいるのだろう。少しくすぐったい。

『大丈夫なのか?もっと吸っても平気だぞ?』

大丈夫と言いながら申し訳なさそうに俯く頭を優しく撫でる。

『血、余り好きじゃないのに……でも、キミのは美味しいって感じるんだ。キミの血の味を占めて酔ったかもしれない……』

『美味しいって言ってもらえて光栄だな』

俯いたままの顔を覗き込むように下から見上げて唇にそっと触れるようにキスをする。
やわらかい唇の感触と共に俺の血の味がした。

『フリオニール……』

『セシル、好きだ』

一目惚れだった。
今年の初めに教室で会った時からずっと想い続けていたんだ。
瞳を伏せた時の睫の長さ。ふとした時に小首を傾げる癖。微笑を浮かべる時には口元に手を持っていく。
日常の何気ない仕草の1つ1つにも惹かれた。
同性なんだと解っててもセシルに触れてみたいと思う気持ちは抑えられなかった。

『驚かないんだな?』

『何となく、そうじゃないかなって気が付いてはたんだ。でも、もしそうじゃなかったらどうしようって……キミから言い出してくれるのを待ってたんだ……僕は臆病者だから、ずるいよね』

それって、つまり…?

『こんな僕で、良ければ…』

あまりの嬉しさにセシルを思い切り抱き締めていた。

『わっ?!』

ちょっと苦しいよと俺の腕の中で身動ぎした事に気が付き少し力は緩めたけど離すつもりはなかった。

『思い切って告白して本当に良かった』

片思いのまま終わらなくて本当に良かった。

『こんな僕を好きになってくれて、ありがとう』

俺の背中に細い腕を回し抱き付いてきたので俺も抱き締め直した。

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公には出来ないがセシルと晴れて恋人同士となったある日、セシルが朝から調子悪そうにしていたので早退に付き合いそのまま部屋に連れて行き寝かせた。
夜になってから様子を見に再び部屋を訪ねると、迎えてくれたその顔からは昼間の様な調子の悪さは伺えなかったので、お休みと告げ部屋に戻ろうとしたら後ろから抱きつかれ引き止められた。

『もう少しだけ……側に居て?お願い』

顔は見えないから表情まではわからないけど、そんな不安そうなか細い声で言われたら断れないじゃないか。
ゴクッと唾を飲み込んだ。

部屋に上がると以前のように電気は一切つけていないが明るかった。
窓から差し込む月明かりがやけに眩い事に気が付いた。
今夜は満月か、と窓の外を見ながらぼんやりと思ったのだが……
ん?確か前にセシルが言ってなかったか?

"満月の夜はダメだよ?"

『満月の夜はダメだよ……って言ったよね?』

思い出したセシルの声と実際にセシルが発した声が丁度重なった。
振り向くと澄んだ蒼に近い紫色の瞳とぶつかった。
普段の穏やかな微笑とはまったく異なる異質な笑みを浮かべて……
これは誰だ?!

気が付けば組み敷かれる様に床へと押し倒されていた。
肩を抑え付けてくる力はかなり強く指が肩に食い込んでいるみたいだ。
あの細い腕の何処にこんな力があるんだと言う位不釣合いな力による痛みに耐えつつセシルに教えてもらった事を思い出していた。
満月の光は特殊な魔力が宿っていて純血の吸血鬼はこの日に同族を増やす為の儀式を行うそうだ。
だから、満月の夜はダメだと…部屋を訪ねて来ないでと言ったんだ。
ああ、でも、セシルにだったら構わないかな。
そんな事を思いながら一切の抵抗をせずセシルのなすがままに任せる。
俺の服の襟元を緩め首元をはだけさせるとゆっくりと顔を近づけてくる。
流れ落ちるセシルの髪が肌に触れた。
そして俺の首に牙が突き立てられ……

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『フリオニール!!、フリオニールッ!!』

セシルの声が聞こえた。
ゆっくりと目を開けたら大粒の涙をぼろぼろと流しているセシルの顔が直ぐ近くにあった。

『…セシル?』

一瞬ぎょっとして起き上がろうとしたまま動きを止めた。
何で泣いているんだ?
うわああぁぁぁと泣きながら縋るように抱きついてきたので、取り合えず落ち着くまで背中を撫でる事にした。
状況がまったく飲み込めないが、こんな状態のセシルに聞いてもまともな答えが返ってくるとは思えないし……

結局、暫くしてから泣き止んだセシルは俺の体調を聞いてきたり、口をこじ開けるわで……これでは状況を聞く所ではない。
一段落した所で、何をしているのか聞いてみたら、俺が吸血鬼になっていないか心配していたらしい。
そういえば、昨晩噛まれたと思ったのに……もしかして何ともない?

『多分、噛んだ時、丁度雲で月明かりが遮られたんじゃないかなって思うんだ……ホント、良かった』

そのままずるずるとその場に座り込むと俺にもたれかかるように身体を預けてきた。 昨晩俺を襲ったのも別人格とかではなくセシル自身らしい。
満月の夜は吸血鬼の本性を抑えきれなくなる事があるんだとか。

『俺を同族にしたくないみたいだけど……なんでだ?』

それに対するセシルの答えはこうだった。
1つ目は同族の血を飲んでも渇きを満たす事は出来ないそうだ。
2つ目は俺の血以外は口にしたくないと言い切られた。 まぁ、嬉しいといえば嬉しいかな。
なんだか告白されているみたいで。
そして3つ目は、俺には陽の光が差す場所を歩んでいて欲しいと。

『キミの血じゃなきゃイヤって言ってる時点でキミの事を闇の世界に縛り付けちゃってるけど……ごめん』

『何で謝るんだ?』

『キミには自由で居て欲しいのに……』

『じゃあ、セシルは大罪人だな』

えっ?と不思議そうな瞳で俺を見つめてくる。

『俺の心を掴んだまま離してくれない大罪人だ』

そう言ってキスを1つ。
唇を離すと耳まで真っ赤になっているセシルが其処にいた。

『好きだ』

『ん、……僕もだよ』

恥ずかしそうに下を向うとするので両手で頬を挟み込んで阻止する。

『駄目。顔見せて』

『ッ』

『セシルの気持ちをちゃんとセシルの口から聞きたい。教えて?』

潤んだ瞳を1度ぎゅっと閉じてから開くと上目遣いでこう言ってきた。

『僕もキミの事が好きだよ。ずっと傍に居たい』

END

現代パロっぽい吸血鬼なセシルと普通の人間フリオニールのちょっとした恋のお話でした。
多分高校生位かな?
ハロウィンの季節になると吸血鬼なお話がどうしても書きたくなるのでフリセシでやってもらいました。全然ハロウィンの雰囲気はありません、ごめんなさい。
月明かりの下で吸血鬼に噛まれると同族にされてしまうってのは本館でやってる創作作品の設定を引用してます。
吸血鬼なセシルにエロく迫って欲しい気もしたのですが、それはまた別の機会でもあればやってみたいと思います。