――……もう、ダメ……走れない……

うっそうと木が生い茂る森の中を一生懸命走り抜けていたが、そろそろ体力が限界に近かった。
大きな木の裏に隠れるように逃げ込み肩で息をしながらそのままぐったりと座り込んでしまった。
全身血や土で汚れてしまっているため、ふかふかの真っ白な毛並みの面影はまったくない。

――兄さん……何処に行っちゃったの…?

自分とは違う真っ黒な美しい毛並みを思いだすと涙がこみ上げてくる。
けど泣かない様に頑張って堪える。
低い唸り声が少しずつ近づいて来ている……どうしよう。
物音を立てない様に身体を縮める。
兄さんを探して迷い込んでしまったこの森で凶暴な野獣に追われていて逃げている最中だった。
足音が聞こえる……もう直ぐそこまで来ている……

――兄さんッ!!

頭を抱えて目をぎゅっと瞑る。

『おっと、そこまでだ。これはおれの獲物なんでね』

そんな声が聞こえ、恐る恐る顔を出すと野獣が甲高い悲鳴を上げ逃げていくのが見えた。

――……助かった……?

『よしよし、怖かったな?もう大丈夫だ』

急に伸びてきた手に吃驚してその場から逃げ出して近くにあった茂みに飛び込んで身を隠す。

『あ、おい!』

がさがさと茂みを掻き分けて僕の事を探しているようだ。
でも、脚が震えてしまってこれ以上動けそうもない。

――怖い……

『あ、見ーつけた』

頭上から覗き込んできた顔と目があった。

――!!

『怖がらなくても大丈夫だって。取って食ったりしないから?』

ほら。おいで?と目線を合わせるようにしゃがみこんで両手を目の前に差し出してくる。
これが、僕とバッツの出会いだった。

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『うん、綺麗になったな。思った通り真っ白でふわふわな毛並みだ』

そう言って僕の頭を撫でてくる。
その手には包帯が巻かれている。さっき僕が噛み付いたから。

『……ごめんなさい……噛み付いて……』

垂れ耳が更に垂れる。

『気にすんなって。怖かったんだから仕方ないさ』

見上げると人懐っこそうな笑みを浮かべている。
悪い人じゃなさそうだけど……
保護?されて全身を洗われて今は膝の上に乗せられて髪を乾かしてもらっていた。
この人はどうして助けてくれたんだろう?

『……どうして、助けてくれたの?』

恐る恐る聞いてみる。

『目の前でか弱い動物が襲われてるのに見て見ぬふりなんて出来ないからな』

『……ありがとう』

『怪我、治るまでゆっくりしていきな?』

『良いの?』

『ああ』

疲れただろう?ゆっくり眠りな?そう言って眠りを誘うような手つきで頭を撫でられる。
まだ、ちょっと怖いけど……本当に疲れた……だから、少しだけ……

まずはバッツとセシルの出会いから。
セシルが小動物っぽい表現ですが、実際は人間とあまり変わらない大きさです(バッツよりは小さいです)
うさ耳としっぽと手と足と首周りは毛がふわふわ。垂れ耳です。